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第 1 章「アトピー体質」は実在しない

1−1 何が起きているのか

下に紹介する文章は、1997年3月に毎日新聞「女の気持」に載った投書です。


わが家も中学3年の息子が2年近く闘いの日々です。これほどまで、と息をのむ皮ふ組織の壊れ方、24時間絶え間ない激しく強烈なかゆみ、睡眠不足、体力消耗からくるけん怠感。症状のむごさに、家族でどれだけ涙したことか。
大病院の皮膚科、小児科、アレルギー外来、東洋医学科の連携治療で薬漬けの夏、別の不調が始まりました。一大決心のうえ、シンプルな治療だけにすると、予想以上の症状悪化で登校できず、泣いてふさぎ込む毎日に心のケアを相談する窓口を探しました。
思春期まっただ中、明るく快活だった彼をアトピーは心も体もボロボロにし始めていました。彼が元気をもらったのは医者でも親でもなく、学校の先生方と先輩、友人たちからでした。今、好不調を繰り返しながらも、着実に苦しみが軽減し笑顔、笑い声が戻りつつあります。  加古川市 主婦

「アトピー」とはギリシャ語で、「奇妙な」という意味です。
この投書から、少年の苦しさ、家族のつらさが伝わってきます。この少年は特別なケースではありません。全国で数万人、数十万人の若者たちが同様の苦しみの中にいます。わが国の医療技術者たちが、この事態に満足に対応できておらず、むしろ医療行為が原因となって状況が悪化しているという「現実」が、この投書から伺えます。

大学生のアトピー性皮ふ炎の実態調査
大学新入生のアトピー性皮ふ炎の小児期発症の割合や治療経過について、本学保健管理センターで本人がアンケートに回答する形で調査した。対象は、平成8年度の本学新入生全員、男子 392名 女子 621名の合計 1013名であった。
その結果、かつてアトピー性皮ふ炎になったことがある者は、男子65名、女子 145名の合計 210名、全体の21%であった。そのうち今でもアトピー性皮ふ炎の症状を有する者は、男子33名 女子94名の合計127名、全体の12.5%だった。
(堀内康生 朝井均 大阪教育大学 小児アレルギー学会誌V.10-3 1996)

アトピー性皮ふ炎の発症が乳幼児期に多いことを考えれば、すでに20年近くも前に、我が家の少年を含めて、アトピー性皮ふ炎の発生率は20%を越えていたわけです。一部の若者はそれをなんとか克服してきたとしても、今なお1割以上の若者たちが症状を抱えて苦しんでおり、それに続くその後の20年間の子供たちも、それと同じ、もしくはもっと悪い状況にあるわけですから、これはいまや国の将来をも左右する深刻な問題だと、はっきり認識しなければなりません。
いったい何が起きているのでしょうか。

カバの生活

太古の昔から、カバたちは川の中でのんびりと暮らしておりました。ところが20世紀が始まるころ、どうも川の水には消毒薬を入れた方がよいのではないか、ということになって、消毒薬を入れるようになりました。
するとそれからしばらくして、カバたちの間で「奇妙な皮ふ炎」が発生するようになりました。すべてのカバが皮ふ炎になるわけではなく、初めはほんの少し、それも赤ちゃんのカバが皮ふ炎になるだけで、しかもそれは成長すると自然に治る程度でしたから、カバたちはあまり気にしませんでした。カバの社会にも医者はいて、かれらはこの「奇妙な皮ふ炎」について次のように言っていました。


カバにはもともとキミョー体質のカバがいるのじゃ。そういう体質のカバが皮ふ炎になり、そうでないカバは皮ふ炎にはならないのである。キミョー体質の定義は、親が皮ふ炎だったら、子は自動的にキミョー体質と認定されるというもので、わざわざその子を診察する必要はない。では親が皮ふ炎でないのに、つまりその子はキミョー体質でないのに、皮ふ炎になることはないのか。それはある。実を言うとむしろその方が多いくらいだが、しかしその場合でも定義に矛盾はない。どんなカバであれ、皮ふ炎になったとたんにそのカバは、もともとキミョー体質だったと認定されるというのが、わしらの定義だからじゃ(カバの医者)

ヤギの生活

太古の昔からヤギたちは、山で草を食べてのんびりと暮らしておりました。ところが50年ほど前から、自分たちの食べ物である草の上にフンをするのは、衛生的によろしくないし文明的でもないということになって、ヤギたちはわざわざ谷川までおりて、糞や尿を水洗トイレ式に排泄するようになりました。つまり山の大地が昔から含んでいた豊富なミネラルは、ヤギたち自身によって川から海へと捨てられることになったのです。  
するとそれから20年ほどして、ヤギたちの間で「奇妙な皮ふ炎」が発生するようになりました。すべてのヤギが皮ふ炎なるわけではなく、初めはほんの少し、それも赤ちゃんのヤギが皮ふ炎になるだけで、しかもそれは成長すると自然に治る程度でしたから、ヤギたちはあまり気にしませんでした。ヤギの社会にも医者はいて、かれらはこの「奇妙な皮ふ炎」について次のように言っていました。



ヤギにはもともとキミョー体質のヤギがいるのじゃ。そういう体質のヤギが皮ふ炎になり、そうでないヤギは皮ふ炎にはならないのである。キミョー体質の定義は、親が皮ふ炎だったら、子は自動的にキミョー体質と認定されるというもので、わざわざその子を診察する必要はない。キミョー体質のヤギは、山に生えている牛乳草とかタマゴ草とか大豆草とかを食べると、「あれるぎい」を起こして皮ふ炎になるのじゃ。では親が皮ふ炎でないのに、つまりその子はキミョー体質でないのに、皮ふ炎になることはないのか。それはある。実はむしろその方が多いくらいなのだが、その場合でも定義に矛盾は生じない。どんなヤギであれ、皮ふ炎になったとたんにそのヤギは、もともとキミョー体質だったと認定されるというのが、わしらの定義だからじゃ(ヤギの医者)


人々の生活

カバの話もヤギの話も、筆者が作った寓話ですが、私たち日本人の生活環境では、カバたちに起こったこととヤギたちに起こったことの、両方が同時に進行しています。すなわち私たちは、水道水に大量の塩素(プール並み)を投入し、母親の羊水から出てきたばかりの赤ん坊を、その水で洗い続けています。その塩素濃度はこの30年で急上昇しています。また、日本の農地でとれた作物はほとんどが都会で消費され、最終的には水洗トイレで排泄されてそのまま海に流出しており、この30年間、作物に吸収されて土壌から運び去られたミネラル分が、土に還元されることはありませんでした。その結果、あらゆる作物のミネラル分は、昔の半分以下にまで減少してしまいました。
そして、乳幼児を中心に「アトピー性皮ふ炎」が急増しています。アトピーとは「奇妙な」という意味です。この現象に対して、まさか人間の小児科医や皮ふ科医が、カバやヤギと同じ対応をするはずはないと思われるでしょう。しかし、そうでもありません。医者たちは次のように言っています。


ヒトにはもともと「アトピー体質」のヒトがいます。そういう体質のヒトがアトピー性皮ふ炎皮ふ炎になり、そうでないヒトはアトピー性皮ふ炎にはなりません。アトピー体質の定義は、親がアトピー性皮ふ炎だったら、子は自動的にアトピー体質と認定されるというもので、わざわざその子を診察する必要はありません。そしてアトピー体質のヒトは、アレルゲンである牛乳とかタマゴとか大豆とかを食べると、アレルギーを起こしてアトピー性皮ふ炎になるのです。
では親がアトピー性皮ふ炎ではないのに、つまりその子はアトピー体質ではないのに、アトピー性皮ふ炎になることはないのか。それはあります。むしろその方が多いくらいですが、その場合でも定義には抜かりはありません。どんなヒトであれ、アトピー性皮ふ炎になったとたんにそのヒトは、もともとアトピー体質だったと認定される、というのが我々の定義だからです(ヒトの医者)




1−2 平成4年度 厚生省調査結果 の分析  

アトピー性皮ふ炎の急増という事態を受けて、厚生省は、平成4年に全国の保健所を動員して「アトピー性疾患実態調査」を実施しました。調査委員は以下の人々です。



委員長 三河春樹:京大小児科
委員  有田昌彦:昭和大小児科、飯倉洋治:国立小児病院小児科、池沢善郎:横浜市大皮ふ科、伊藤節子:武田総合病院小児科、佐藤孝道:虎ノ門病院産婦人科、 西岡 清:東京医科歯科大皮ふ科、山本一哉:国立小児病院皮ふ科  ほか    (職名は当時)


そして、調査委員会は「アトピー性皮ふ炎」と「アトピー素因」を次のように定義しています。

厚生省調査委員会による「アトピーの定義
アトピー性皮ふ炎とはアトピー素因のあるものに生じる、主として慢性に経過する皮ふの湿疹病変である。
アトピー素因とは、気管支ぜんそく/アトピー性皮ふ炎/アレルギー性鼻炎の病歴または家族歴を持つものをいう。
(厚生省調査報告書 母子保健事業団 1993)


「アトピー素因」とは耳慣れない言葉ですが、一般に「アトピー体質」と呼ばれる概念と同じと考えてよいでしょう。アトピー体質とは何か実体のあるもの、たとえば、血液や遺伝子を調べれば判定できるものと思っている人も多いかと思いますが、そうではありません。
この定義にあるように、アトピー体質とは本人または家族に、気管支ぜんそく、アトピー性皮ふ炎、アレルギー性鼻炎の病歴がある時に、その子をアトピー体質の子と呼ぼう、ということですから、これは約束事(概念)あるいは仲間内の業界用語のようなものであって、本人を診察してどうこうというものではなく、電話の応対でも決められることなのです。
そして、その構成要素のひとつとして、本人にアトピー性皮ふ炎の病歴があること、としています。つまりどんな人であれ、その人がアトピー性皮ふ炎と診断されたとたんに、その人はもともとアトピー体質だったのだ、と認定される仕掛けになっているのです。
ふつう、ある疾病が急増すれば、「それは体質によるものです」などとノンビリしたことは言っていられないものです。体質による病気が急増することは考えられないからです。しかし、アトピー性皮ふ炎の場合はいつまでたっても「体質論」が横行しています。そのカラクリが、この定義の、この部分なのです。
こんな話は、カバやヤギたちがいくら言っても世間様で通るものではありませんが、人間の医者が言うと、「お説ごもっとも」とまかり通ってしまうから不思議です。
さていずれにせよ、厚生省は全国の1万4千人の乳幼児に対して、聞き取り調査と診察をおこない、「家族歴の有無と本人のアトピー性皮ふ炎の有無との関係」について、次のデータを得ました。

筆者注:この調査の別のデータで、本人の病歴としては、アトピー性疾患のある子の80%が、アトピー性皮ふ炎そのものでした。ですから「アトピー素因」の構成要素として本人の病歴を考慮することには意味はありません。したがって、アトピー素因の構成要素として、この調査から「家族歴」の調査結果のみをピックアップします。


厚生省調査第8表 家族歴の有無別にみたアトピー性皮ふ炎の有無
(単位:人)

総数 現在
アト
ピー
あり

現在
アト
ピー
なし

不詳
うち
軽度
うち
重度
診断歴
はあり
診断歴
もなし
0歳児 4661 309 195 114 4350 203 4147 2
 家族歴あり 2381 182 116 66 2198 139 2059 1

アトピー性皮ふ炎 894 86 53 33 808 78 730 0
他のアレルギー 1487 96 63 33 1390 61 1329 1
 家族歴なし 2280 127 79 48 2152 64 2088 1
1歳半児 4833 255 147 108 4567 716 3851 11
 家族歴あり 2497 174 99 75 2315 491 1824 8

アトピー性皮ふ炎 924 89 51 38 830 243 587 5
他のアレルギー 1573 85 48 37 1485 248 1237 3
 家族歴なし 2336 81 48 33 2252 225 2027 3
3歳児 4450 357 222 135 4091 1066 3025 2
 家族歴あり 2492 258 159 99 2232 752 1480 2

アトピー性皮ふ炎 945 138 85 53 807 354 453 0
他のアレルギー 1547 120 74 46 1425 398 1027 0
 家族歴なし 1958 99 63 36 1859 314 1545 0
   合  計 13944 921 1985 11023 15
注:他のアレルギーには以下の5疾患が含まれる。
気管支ぜんそく/アレルギー性鼻炎花粉症/急性じんましん/消化管アレルギー


このデータについての調査委員会のコメントは以下のとおりです。

アレルギー疾患の家族歴がある乳幼児のうち、今回、アトピー性皮ふ炎と診断された乳幼児は、乳児で 7.6%、1才半児で 7.0%、3才児で 10.4%であった。
中でもアトピー性皮ふ炎の家族歴がある乳幼児のうち、アトピー性皮ふ炎と診断された乳幼児は、乳児で 9.6%、1才半児で 9.6%、3才児で 14.6%であった。
これに対しアレルギー疾患の家族歴がない乳幼児のうち、アトピー性皮ふ炎と診断された乳幼児は、乳児で 5.6%、1才半児で 3.5%、3才児で 5.1%であった。
いずれも「家族歴なし」に比べて「家族歴あり」にアトピー性皮ふ炎と診断された例が多かった。

ところでまったく奇妙なことに、上の表の脚注にあるように、この調査で家族歴として聞き取り調査されたのは、調査委員会が「アトピー素因の構成要素」としてわざわざ定義した、アトピー性皮ふ炎/気管支ぜんそく/アレルギー性鼻炎の3疾患ではなく、突然、「アレルギー疾患」という呼び名が登場して、花粉症/急性じんましん/消化管アレルギーの3疾患が加えられ、合計6疾患(3+3)になっているのです。そしてそれらが集計されて、「アトピー性皮ふ炎」と「他のアレルギー5疾患」の2つに分類(1+5)されています。
ですからこの調査では、調査委員会が定義した「アトピー素因」なるものを持つ子が、いったい何人いるのか、という基本的なことがさっぱり分からないのです。「アトピー素因」について知るためには、この(1+5)に分類された数値を、定義に従って(3+3)に分類し直す必要があるのですが、それには厚生省の倉庫にでも出かけて、アンケート用紙の原本に当たらなければなりません。しかしそれは筆者にはできません。
そこで仕方なく以下のように推定します。数えるべきは<アトピー性皮ふ炎+2疾患>であるのに、調査委員会は<アトピー性皮ふ炎+5疾患>を勘定しているのだから、「他の疾患5つ」のうち余分な3つをアトピー素因から除外すべきです。つまり5分の3を除外するということですが、それでは多すぎるかも知れませんので、まあ2分の1くらいならよいだろう、として半分を「家族歴なし」に差し戻しました。これは必ずしも正確ではありませんが、原調査が悪いのですから仕方ありません。また、多少の数値の前後は、本稿の論理展開の本質には支障ありません。
次に、アトピー性皮ふ炎が現在あるか過去にあったか、それは重度か軽度か、その子は何才か、などは本質的なことではありませんから、まとめて「アトピーあり」とします。また、「不詳」は統計から除外します。これらの処理で原表は次のようになります。

平成4年 厚生省
アトピー性疾患実態調査
アトピーに
なっている子
アトピーに
なっていない子
合 計
アトピー体質の子 1492人  3566人 5058人
アトピー体質ではない子 1414人  7457人 8871人
合 計 2906人 11023人 13929人

調査委員会はデータをヨコ方向にのみ分析しています。調査委員会に習って、この表をヨコ方向に分析すれば

   アトピー体質の子(家族歴あり)は5058人で、そのうち1492人=29%が
   アトピー性皮ふ炎になっており、アトピー体質ではない子は8871人いて、
   そのうちアトピー性皮ふ炎になっているのは1414人=22%である。
   「アトピー体質」の子の方が、アトピー性皮ふ炎になる割合が高い。

ということになり、「体質論」が成立しているのかな、という気分になります。
しかしものごとには「経緯」というものがあって、経はタテ糸、緯はヨコ糸のことですが、タテヨコ両方を見ないと真相は分かりません。今の場合タテ方向を見ますと、アトピー性皮ふ炎になった子は全部で2906人いて、そのうちの1492人、51%は「アトピー 体質」だったが、残りの1414人、49%は「アトピー体質」ではない、となっています。これをわかりやすい図に表してみましょう。


 ○○○○○●▲△△ 
 ○○○○○●▲△△ 
 ○○○○○●▲△△ 
 ○○○○○●▲△△ 
 ○○○○○●▲△△△
 ○○○○○●▲△△△
○○○○○○●▲△△△
○○○○○○●▲△△△
○○○○○○●▲△△△
○○○○○○●▲▲△△
保育園で乳幼児が100人遊んでいます。(右図)

そのうちの36人(△)(5058人÷13929人=36%)がアトピー素因を持ち、残りの64人(○)は素因を持ちません。

医師にアトピー性皮ふ炎と診断されたことがある子(●と▲)は21人(2906人÷13929人=21%)いて、

そのうち11人(▲ 51%)はアトピー体質ですが、
残りの10人(● 49%)はアトピー体質ではありません。
                            


調査委員会の定義は、「アトピー性皮ふ炎は、アトピー素因を持つものに生じる湿疹病変」というものでした。これを逆に言えば、アトピー素因を持たないものはアトピー性皮ふ炎にはならないということです。ですから、アトピー素因を持たないものがひとりでもアトピー性皮ふ炎になれば、調査委員たちの唱える「アトピー素因論」は原理的にくつがえされることになります。しかし、調査の結果はそれどころではありません。アトピー性皮ふ炎になっている子のなんと半分近くが、アトピー体質ではないのです。

筆者注:「他のアレルギー疾患」をすべてアトピー素因の構成要素として勘定しても
アトピー性皮ふ炎の子の3人に1人は、アトピー素因を持ちません。


半々ですから、「アトピー素因論」というものは、当たるも八卦、当たらぬも八卦の大道の易者のようなものです。半分は説明してやるがあとの半分はよそで聞いてくれ、などという代物を、ふつう世間では「理論」とは呼びません。調査の結果は、アトピー性皮ふ炎を考えるに際して、「アトピー体質」なるものの存在を想定すること、すなわちアトピー体質論には何の意味もないことをはっきりと示しています。この評価は医学とは無関係のことで、調査結果を、たとえば第3者の調査分析の専門会社などに持ち込んで評価させれば、必ずそういう判定になるでしょう。
しかし、そうなると別の問題が浮かび上がります。調査委員たちの肩書きをみれば、ものごとに「経緯」があることぐらいは、彼らも知っているはずです。ですから当然、彼らは統計のタテ向も分析したはずです。ということは、彼らは知っていて黙っているのであって、そこには彼らの顕在的な意図、あるいは潜在的な意識があるということになります。

また、この調査にはもうひとつの大きな不備があります。それは、「家族歴」といっても、それが父親か母親か兄弟かが、さっぱりわからない点です。そもそも家族とは何かが定義されていないのですが、とにかく、親がアトピーであるという「家族歴」と、親にはアトピーがなく兄姉にのみアトピーがあるという「家族歴」とは、遺伝的な意味合いがかなり違うと思われますが、医者は誰もそんなことは気にならないということでしょう。

 

1−3 「アトピー体質論」の誤り

1882年(明治15年)、福沢諭吉は時事新報に「遺伝病の能力」という一文を寄稿し、
肺結核は遺伝病であり、その遺伝の家系に生まれた者は
肺結核から逃れることは困難である。(福沢諭吉全集)



と論じています。

彼は結核の原因が分からないという状況で、「親が結核だと子も結核になりやすい」という、それだけのことから、結核は遺伝病だと言ったのです。しかし皮肉にもちょうどその同じ頃、ドイツのベルリン大学でコッホ博士が、自分は「結核菌」を発見した、と報告していました。
アトピー性皮ふ炎も、現在同じような状況にあります。原因が不明であること、親がアトピー性皮ふ炎だと子もアトピー性皮ふ炎になりやすいこと、これらの「状況証拠」から臨床医たちは、アトピー性皮ふ炎の根本には、遺伝的な「アトピー体質」があると主張しています。しかし、状況証拠だけに頼る物的証拠のない主張は、原因が発見されるという強烈なパンチ(物証)の前にはひとたまりもない、それが福沢の教訓です。
アトピー性皮ふ炎も、その原因が特定されれば、当然ながら「体質論」は雲散霧消します。「体質論者」はそのことに配慮して、言葉を選びながら自説を論ずるのでなければ、やがて天下に恥をさらすことになります。しかし彼らには、そのような警戒心や想像力はなく、あるのは「学校で習ったことは正しいのだ」という盲信ばかりです。
また、親子や家族間での相似については、「親が色白なら子も色白」とか、「親が酒飲みなら子も酒飲み」というのと同じく、形質は遺伝するということに過ぎません。これだけで病気の遺伝性を論じてよいのならば、「素因説」が成立する病気はほかにもたくさんあります。ガンの素因、高血圧の素因、痔の素因、心臓疾患の素因など、たいていの病気に遺伝的な素因が認められるでしょう。そのような理論では、親が結核でなくても子はいくらでも結核になることや、親がアトピー性皮ふ炎でなくても子はいくらでもアトピー性皮ふ炎になるという現実を、まったく説明できません。

では、これまで「アトピー体質論」がどのように展開されてきたかを見てみましょう。


アトピー性皮ふ炎は遺伝性疾患である。家族内に同症が高率に認められる。
ただし近年のわが国における核家族化のため、本症の家族歴陽性率は低下してきている。(約50%)
(山本一哉・国立小児病院皮ふ科 青木敏之・羽曳野病院皮ふ科、上原正巳・滋賀医科大 皮ふ科
臨床医薬研「アトピー性皮ふ炎カラーアトラス」 1987)


この本は、一般の医者向けの教科書です。これらの著者たちは、家族歴の陽性率は1987年の時点で50%しかなく、なお低下しつつあると認識していました。ですから、それから5年後(1992年)の厚生省の調査結果で判明した、アトピー性皮ふ炎だけ(ぜんそくと鼻炎を除く)の家族歴陽性率が、たったの34%(2906人のうち988人)だったという結果は、ある程度予測できたはずです。そもそも、陽性率50%をもって遺伝性疾患と呼ぶ感覚も理解しがたいものですが、アトピー性皮ふ炎の子の3人に2人が、親にも兄弟にもアトピー性皮ふ炎の経歴がなく、突然発症しているという1万人を越える調査結果を前に、彼らはいつまで「これは遺伝性疾患だ!!」と主張し続けるのでしょうか。
また、家族陽性率の低下は「核家族化のため」という説明は、どうにも理解不能です。核家族化とは、第1義的には祖父母と同居しないこと、拡大解釈しても兄弟姉妹の数が減ることですが、祖父母が田舎にいるか同居しているか、という住宅事情で「遺伝の指標」が変動するなどということはありませんし、個々の家庭で兄弟姉妹の数が減ったからといって、日本全体での確率が変動することにはなりません。
さて、古典的には、「アトピー体質」という概念はつぎのように定義されてきました。

アトピー性皮ふ炎をひとことで言い表すと、アトピー体質を持つ人におこる慢性の湿疹病変と定義することができます。
アトピー体質とは、ぜんそく、アレルギー性鼻炎、花粉症、アトピー性皮ふ炎、じん麻疹、などを発病しやすい体質のことを言います。
(阿南貞雄、吉田彦太郎 長崎大学皮ふ科 有斐閣「アトピー」1990年)


ほかの疾患を取り去ってみれば、要するに、「アトピー性皮ふ炎はアトピー体質の人に起こる湿疹で、アトピー体質とはアトピー性皮ふ炎を起こしやすい体質だ」と言っているわけで、これでは言葉を言い換えているだけです。ですから、アトピー性皮ふ炎の発生が増加すれば、自動的にアトピー体質の人の数も増やさざるを得ず、文章は、

アトピー体質はまれに見る体質ではなく、ごくありふれた体質で、近年増加する傾向にあり、
最近の推定では人口の30%近くの人がこの体質を持っているのではないかと思われます。(出典同上)

と続くことになります。
「ないかと思われます」と勝手に思われても困るわけですが、30%ですから日本ではおよそ4000万人がアトピー体質だということです。この数値はアトピー性皮ふ炎などが増加するとともに増えてゆきますから、近々、日本人全員がアトピー体質になるでしょう。そこでようやく、アトピー性皮ふ炎は誰でもなりうる皮ふ炎だったのだ、という当然の「真理」を、この著者らも悟ることになるわけです。
また一方、「じん麻疹」は厚生省調査委員会の定義には入っていません。たぶん初めから無関係なのでしょう。「花粉症」も調査委員会はカットしました。最近はマスコミでも、「花粉症は体質による」などと悠長なことを言わなくなりました。オフィスでも学校でも右も左も花粉症ですから、そんなことは言っていられなくなったのです。このように、何と何がアトピー関連か、というごく基本的なことさえ、医者たちの間ではどうにも定かではありません。
さて他方では、アトピー体質なるものを「私は見た」と主張する人もいます。

アトピー体質かどうかは、ルーペ(虫めがね)などで皮ふの状態を見ればほぼわかります。
脂肪成分の分泌が少ない 角化傾向があり皮ふがざらつく 汗の分泌がうまくいかない 
血管の反応が違う、などの皮ふの状態があれば、アトピー体質の可能性があります。
(徳田安章・東京医大皮ふ科 東洋出版「アトピーに負けたくない人へ」1993)

すでにアトピー性皮ふ炎になった人の皮ふをいくら観察しても、それがアトピー性皮ふ炎になる前からあった特徴か、アトピー性皮ふ炎になったために生じた結果かはわかりません。
では、人はいつアトピー性皮ふ炎になるかというと、

アトピー性皮ふ炎の41%は、生後2ヶ月までに生じている。
(飯倉洋治 国立小児病院 小児アレルギー学会誌 V.5-1 P.1-5. 1991)

ということです。ですから徳田氏は、「新生児室で赤ん坊の皮ふを虫めがねで見ていけば、あの子はアトピー体質、この子はだいじょうぶと判定できる」と主張しているわけです。しかしそれはできません。角化してザラつく皮ふをもって生まれてくる子はいないからです。皮ふ科医が日常的に見ているものは、アトピー性皮ふ炎そのものであり、徳田氏が「私は見た」というものは、「アトピー体質」ではなく、アトピー性皮ふ炎の症状(結果)です。


1−4 日本皮ふ科学会の「アトピー定義」の誤り

厚生省調査委員会は、調査結果が自分たちの「アトピー素因論」(体質論)を否定するものになったことについて、口をつぐんでいます。しかし報告書には、「アトピー性皮ふ炎はアトピー素因を持つものに生じる湿疹である」という定義と、「アトピー素因を持たないものも、いくらでもアトピー性皮ふ炎になる」という調査結果とが、堂々と並べられているのですから、いったい彼らはどういうつもりか、理解しがたいところです。
それでも、仲間内では多少の反省もあるようで、調査委員会の皮ふ科医たちはこれではまずいと思ったのでしょう、以下のような皮膚科学会の「アトピー定義」を作りました。


アトピー性皮ふ炎の定義:
アトピー性皮ふ炎は、増悪、寛解を繰り返す、掻痒のある湿疹を主病変とする疾患であり、患者の多くはアトピー素因を持つ。

アトピー素因とは:

(1)
家族歴・既往歴(気管支ぜんそく、アレルギー性鼻炎・結膜炎、
アトピー性皮ふ炎、のうちいずれかあるいは複数の疾患)、または
(2)
IgE抗体を産生しやすい素因
(日本皮膚科学会誌 V.104-2 P.176 1994年2月)

ここでも、本人の病歴にアトピー性皮ふ炎を入れるという、長年の「業界の慣習」が受け継がれていますが、厚生省調査委員会と異なるところは、アレルギー性結膜炎を加えたこと、「IgE抗体を産生しやすい素因」という新発明を加えたことと、「患者の多くは」と、ひと言注釈を入れたところです。
アレルギー性結膜炎という、皮ふ科の守備範囲外のものを付け加えた理由は、おそらくアトピー性皮ふ炎の人を診察しているとアレルギー性結膜炎を併発している人が多い、という程度のことでしょう。しかし、花粉症やじんま疹が出たり入ったりしたのと同様、理詰めの話ではありませんから、いつまた変わるか知れたものではありません。

次に、家族歴という言葉が、家族とは何か、という定義のないまま業界の慣習として使われています。祖父母が同居しているかどうかで遺伝の指標が変動する、と言う人たちですからあまり気にならないのでしょうが、家族とは何かは単純ではありません。

たとえばアトピー性皮ふ炎の若者が、良き伴侶にめぐりあって結婚したとします。配偶者こそ家族の最たるものですから、その伴侶は婚姻届が出されたその日から「アトピー素因」を持つことになります。笑ってはいけません。日本皮膚科学会がそう言っているのです。あるいは、親子3人仲良く暮らしていたところ、下の子が生まれてアトピー性皮ふ炎になったとします。すると上の子は、その日から突然「アトピー素因」を持つ子だと認定されるわけです。両親も当然そう認定されますし、もし祖父母が同居していれば、戸籍は別でもやはり家族と言うべきで、何十年も知らずに生きてきた祖父母も、実は「アトピー素因」を持っていたということになります。これでは芋づる式に、「アトピー素因」を持つ人が4000万人になっても5000万人になっても不思議ではありません。

家族とは何か、親族か姻族か、時間はさかのぼるのか、何代さかのぼるのか、何親等までか、そういう基本的なことを皮ふ科医たちは気にしません。不思議な人々です。

注:前述の厚生省調査においても「家族とは何か」は明確に定義されていません。しかも調査結果でも、家族歴が父か母か兄か姉かさっぱりわからない、そんな調査しか行われていません。
実際は親子でアトピーというケースよりも、先に生まれた兄姉がアトピーだったというケースのほうがずっと多いでしょう。ですから同じ兄弟でも、兄や姉は「素因」を持たずに生まれたが、弟や妹は「素因」持って生まれてきた、というケースがたくさんあるわけです。このように「素因」の定義には、ちょっと考えただけでも矛盾がどんどん出てきます。

あまり理屈を言うと、医は理屈じゃない!、などと逆ネジを食らいそうですからこれくらいにして、つぎに、「IgE抗体を産生 + しやすい + 素因」というものを付加したことについては、きちんと批判しておかねばなりません。

「IgE抗体を産生」という語句までは、おそらく全国の皮ふ科医たちに明確に理解されているのでしょう。しかし、それに続く「しやすい」とはどういう概念か、それは具体的にどのような手法で測定、認知されるのかについて、皮ふ科医の間でコンセンサスがあるのかどうか、きちんと定義がなされているのかどうか、はなはだ怪しいものです。皮膚科学会の作業部会は、全国の皮ふ科医にそれを説明したことがあるのでしょうか。
それはしかし皮膚科学会内部のことですから、外部からとやかく言うのはよけいなお世話かも知れません(本当はそんなことはありませんが)。とにかく「しやすさ」について、何か統一的な概念と測定法が確立されたとしましょう。すると最後に「素因」という言葉が残ります。つまり、ある日ある時、どこかの皮ふ科医の診察室を尋ねてきた人について、何か全国的な統一的な方法で、その人は「IgE抗体を産生しやすい」ということが測定されたとします。では、それがその人の「素因」であるかどうかは、どうやって知ることができるのでしょうか。
残念ながら、誰もそれを知ることはできません。なぜなら、「アトピー素因」と言い、「IgEを産生しやすい素因」と言っても、それ以前に、そもそも「素因とは何か」という概念が、皮膚科学会において必ずしも明確でないからです。

それでもなお、百歩ゆずって、とにかくそれは「素因」なんだ、理屈を言うな、と医者特有の強引さを認めたとしましょう。するとそれらは同じ「素因」なのですから、「アトピー素因」を上部構造とし、「IgE抗体を産生しやすい素因」をその下部構造とする理由がありません。独立した別個の「素因」としてパラレルに扱うべきでしょう。つまり、アトピー性皮ふ炎はかくかくしかじかの疾患であって、患者の多くは、「(1)アトピー素因を持つか、または、(2)IgE抗体を産生しやすい素因を持つ」と、2つの素因を同列に扱えばよいことです。
しかし、皮膚科学会にはそれはできません。なぜなら、それでは「アトピー素因」については一応の説明があるが、「IgE抗体を産生しやすい素因」については何の説明もない、というこの文章の欠陥構造がばれてしまうからです。この定義は、「IgE抗体を産生しやすい素因」という、いまだ定義されていない概念を用いて、別の何かを定義しようとしているわけですが、そんなことは出来ません。中学2年の幾何で、「定義されていない言葉で、何か別のものを定義することは出来ない」と習ったものです。

さて、しかし、最後にこの定義の致命的な欠陥を指摘しておきますと、この定義は論理構成として「定義になっていない」のです。アトピー性皮ふ炎はかくかくしかじかの疾患で、「患者の多くはアトピー素因をもつ」。これでは観察結果を述べているだけです。こういうものを、世の中ではふつう「定義」とは呼びません。
たとえば、診察室に来るアトピー性皮ふ炎の人たちに、次々にこう質問してみましょう。「お宅に自家用車はありますか?」。すると、多くの人が「はい、あります」「お父さんが持っています」などと答えるでしょう。すると観察結果として、「アトピー性皮ふ炎はかくかくしかじかの疾患で、患者の多くは自家用車を持つ」という文章が成立します。どこにも嘘はありません。観測された立派な事実です。しかしこんな調査をして日本皮膚科学会で発表すれば、いくらなんでも、「だからどうしたんだ?」とみんなの失笑を買うでしょう。ある人がアトピー性皮ふ炎になっているという事実と、その人の家に自家用車があるという事実、それら2つの事実の間にどのような関係があるのか、それを明示しなければ、いくら事実を並べてみても意味をなさない(=ノン・センス)からです。

「アトピー性皮ふ炎はかくかくしかじかの疾患で患者の多くはアトピー素因を持ちます」
「フムフム、それで?? その何とか素因を持つことと、何とか皮ふ炎になることとの間には、当然何か関係があるんでしょうね?」
「いやまあ、そこらあたりはご想像にお任せしますよ、フッフッフ」


なぜきちんと言わないのでしょうか。それは言えないからです。アトピー性皮ふ炎になることと、アトピー素因を持つこととの関係を説明しようとするあらゆる試みは、「人はアトピー素因を持たなくても、いくらでもアトピー性皮ふ炎になる」、という単純な事実によって、木っ端みじんに粉砕されてしまうのです。
厚生省の調査結果と折り合いをつけるには、日本皮膚科学会は、「多くは」とひと言挿入せざるを得なかったわけですが、それはささいな修正のように見えて、実は本質的で致命的な修正でした。それは、「定義としての論理構成」を破壊しただけではありません。皮膚科学会は、「多くは」と挿入することによって、「アトピー素因を持たない人もアトピー性皮ふ炎になる。私たちはそれを認めます」と宣言したのであって、それは、「私たちはアトピー体質論を放棄しました」ということと、まったく同義なのです。もちろんこれは正しい修正であり、評価されるべき転向です。ただし困ったことには、皮ふ科医たち自身には、自分たちが何を修正したのかという自覚はありません。


1−5 「アトピー体質」は実在しない

そもそも「アトピー体質」とは、1933年、今から60年も前に「奇妙な皮ふ炎」が発生していることが認識され、世界の学会でそれに「アトピー性皮ふ炎」という呼び名を付けたときに、原因は不明であるが、親がアトピーだと子もアトピーになる確率が高いようだから、一応は「アトピー体質」というものがあるということにしておきましょうかね、コカさん。まあ、それでいいでしょう、ザルツバーガーさん、はっはっは、ということで導入された「仮想的概念」にすぎません。もともと「アトピー体質」という実体があったわけではないのです。
ところがわが国では、権威者たちがそれをそのまま教科書に書くものですから、一般の医者たちはみな、「アトピー体質論」を信じて疑いません。

私も教科書には、(アトピー性皮ふ炎とは)一定の家系に起きる原因不明の湿疹、とだけ書いております。
(毎日新聞記事 1993.2.16 東海大学皮ふ科 大城戸宗男氏 談)

大城戸氏は日本皮膚科学会の会長を務めた人で、この談話は、毎日新聞主宰の市民アトピーシンポジウムでの発言です。「とだけ書く」ということの意味は、アトピーにはいろいろ分からないことがあるが、一定の家系に起きることだけは間違いない、ということですが、とんでもないことです。もちろんそれは事実ではなく、この教科書は、アトピー性皮ふ炎で困っている人々に対する、いわれなき中傷になっています。

アトピー体質論はひとつの「仮説」として提案されたものであり、その真否の判定は、アトピー体質を担う「物質」が発見されるか、または統計調査などによって遺伝性が認められるまで待たねばならなかったのです。それはたとえば、湯川博士が唱えた中間子仮説が、それが実証される(実際に中間子が見つかる)までは真否の判定がお預けになっていたのと同じです。しかし、アトピー体質という仮説が提案されてから60年間、私たちの祖父や曾祖父が満州事変を戦っていた、テレビもなかった時代から、今日までの分析機器や分析技術の飛躍的な発展にもかかわらず、アトピー体質を担う物質は発見されていませんし、症例が少なく社会の関心も低かったため、まともな統計調査も実施されませんでした。
ところがこのたび幸か不幸か、わが国でのアトピー性皮ふ炎の蔓延という事態を受けて、日本政府が大規模な統計調査を実施してみたところ、「アトピー体質」という仮想的概念が、まったく事実を説明していないことが判明したわけです。わが国民が世界に自慢できるようなことではもとよりありませんが、とにかくこの調査結果は、60年ぶりの世界的発見として正しく認知されなければなりません。

現実を説明できない、と決着がついてしまえば、その仮説はもはや仮説として留まることはできません。その仮説は破綻したのであり、すなわち、「アトピー体質は実在しない」のです。仮説が破れることは、科学の世界では日常的にあることです。むしろ、仮説を立ててそれを検証し、それを捨ててまた作り直すというのが科学の常道であって、「アトピー体質論」が破綻したところであわてることもなく、それに代わる新しい仮説を作ればよいことです。
大城戸氏は、教科書を書き換えねばなりません。「アトピー性皮ふ炎は、いろいろ分からないことがあるが、一定の家系に起きる、ということだけはない皮ふ炎である」と。
しかし、最近は状況が少し動き出しつつあります。眠っていた赤ちゃんが目覚めるときに、閉じたまぶたの下で目玉がクルクルと動き出しますが、それと同じようなことが医者の世界でも起こり始めているようです。
さて、近年のアレルギー疾患の急増からみて、いわゆるアトピー素因なるものが
本当に存在するのかという素朴な疑問もわいてくるが・・・・
(市村登寿 獨協医大小児科 西間馨 南福岡病院小児科 日本アレルギー学会誌
V.45-8.9 P829 1996)


この文章は、「でも、ボクたちはがんばって「素因」を探すぞ」と続いているのですが、とにかく医者たちは、遺伝論ではこの急増ぶりを説明できないのではないか、という、ハタ目には初めから分かりきっていることに、ようやく気づきつつあるようです。


1−6 アトピーはアレルギーではない

IgEは、ある種のアレルギー反応を誘発させるタンパク質です。アトピー性皮ふ炎の人の血液を検査してみると、IgE値が高い人が多いことから、アトピー性皮ふ炎はアレルギー疾患だと信じられています。しかしこれは、論理的に間違っています。

患者さんの70〜80%で血液中のIgE値が高い値を示しますが、皮ふ症状が
典型的でも正常範囲のことがあり、それだけでは説明しきれません。
(毎日新聞 1993.2.16. 聖マリアンナ医科大学皮ふ科 溝口昌子氏談)


「皮ふ症状」と「IgE値」とは一致しておらず、20%から30%もの例外があるのですから、これは、「それでは説明できません」という簡単なことであって、「それだけでは説明しきれません」と未練を残す余地はまったくありません。
理論と現実が一致しないことはよくあることで、その場合間違っているのは理論の方ですから(現実が間違っていることはありません)、不思議がっていないでさっさと理論を作り直せばよいのです。科学者たちの間ではそうするものと決まっていて、ひとつの仮説が破綻すると、チャンスとばかりに新しい理論を作る競争が始まります。
状況はきわめて明快で、IgEというアレルギー反応を担う新しい物質が発見され、これこそが「アトピー素因」を担う物質ではないか、と勇んでアトピーの人を次から次へと調べていったところ、思いがけず20%を越す例外があった。なるほど、これらの例外を含んだ新しい理論を作ればいいんだな、ということです。

ところが医者たちは全員、「アトピー体質論」という呪縛にかかっており、世の中には「アトピー体質」という絶対不可侵の存在があって、それは、


という順序で並んでいなければならない、と医者仲間では決まっています。ですから、「皮ふ症状が典型的でもIgE値が正常範囲のことがある」ことが不思議でならないのです。そして驚いたことに、彼らはいきなりアトピー性皮ふ炎そのものを、IgE値が高いことで起こるアトピーと、IgEとは無関係に起こるアトピーとの2つに分割してしまいます。これではせっかくのチャンスもぶちこわしというものですが、そればかりか、20〜30%の例外を包みこんだ統一理論を作ろうとする試みは、「科学的ではありません」と叱られてしまうのです。
ところが3割の人はIgE値が正常です。このようにアトピー性皮ふ炎の場合「これがすべてのアトピー性皮ふ炎の原因だ」ということは科学的に正しい言い方ではありません。
済生会中央病院 皮ふ科・中山秀夫 ダニが主な原因 合同出版 1993)

しかし、もしIgE値に例外がなかったなら、誰もアトピー性皮ふ炎を分割したりはしないでしょう。では、アトピー性皮ふ炎の人の全員がIgE値が高かったとしたら、それで万事解決かというと、これがそうでもないのです。仮に、

  1.アトピー性皮ふ炎の人は、  すべてIgE値が 高い
  2.アトピー性皮ふ炎でない人は、すべてIgE値が 高くない

としましょう。

このことから言えることは、もし因果関係があるとすれば、

「したがって、IgE値が高いからアトピー性皮ふ炎になるのか、あるいは、アトピー性皮ふ炎になるとIgE値が高くなるのか、2つのうち1つだ。」

ということであって、100%だと、逆に因果関係は決まらなくなるのです。

ところが実際は、幸いなことにIgE値が正常な人が20%もいるのですから、IgE値が高いからアトピー性皮ふ炎になる、という一方の因果関係は否定されるのです。
「アトピー体質論」という呪いから解放されて、実体のあるものだけをきちんと見れば、


世に実在するものはこの2つだけです。さて、因果関係の矢印はどちらを向いているのでしょうか。因果関係とは時間の関係でもあります。矢印が左から右へ向くためには、その人がアトピー性皮ふ炎になる前に、その人のIgE値が高かったことが確認されていなければなりません。

真弓(京大小児科):乳児ではだいたい2〜3ヶ月頃からアトピー性皮ふ炎が出てくることが多いのですが、私たちはまず、IgE、RAST、プリックテストなどの検査を実施します。しかしその時点ではまだ検査に引っかかってこない例が多いわけで・・・・(真弓光文 京大小児科 アレルギー学会シンポジウム記録集 医科学出版 1994)

引っかかってこない、と断定を避けたのは、検査技術の未熟を懸念してのことであり、また一方で、「あるはずだ」という先入観があるのでしょう。しかし多くの人がさかんに調べて同じ結果しか得られないのですから、検査で見つからないものは「ない」と考えるべきでしょう。10ページの国立小児病院のデータにもあるように、乳児は生後2ヶ月でアトピー性皮ふ炎を発症しますが、そのとき、赤ん坊のIgE値は必ずしも高くはない、というのが現実なのです。
他にもIgEについての傍証があります。体内に寄生虫が入るとIgEが急増することが知られていますが、このIgEによって皮ふ炎が起こることはありません。また逆に、先天的にIgEを作れない人がいるのですが、そういう人たちでも、アトピー性皮ふ炎と似たような皮ふ炎になることが知られています。

これらの現象を総合的に考えれば、IgEはアトピー性皮ふ炎を起こす「原因」としては関与していないと考えるべきでしょう。したがって因果関係があるとすれば、因果の矢印は右から左に向いています。すなわち、アトピー性皮ふ炎になると、70〜80%の人がIgE値が高くなるのであり、高くならない人も20%くらいいるということです。

ただし後述しますが、アトピー性皮ふ炎になるとIgE値が高くなるという因果関係は、その途中に治療法(ステロイド)の影響があると思われます。つまりIgE値が高くなるのは、アトピー性皮ふ炎の直接的な結果であるよりも、むしろ治療法による結果であって、治療の仕方によってIgE値がバラつくのではないかと思われます。

そして、このように因果関係が定まってみれば、次のような「不思議な現象」も不思議ではなくなります。

アトピー性皮ふ炎は複雑な病気で、皮ふ炎のスタートの時はタマゴ、牛乳、小麦、米、大豆が5大アレルゲンになっていますが、途中で原因が(ダニに)入れ替わるという不思議な現象が起こるのです。(済生会中央病院 皮ふ科 中山秀夫 前掲書)


病気の原因が途中で入れ替わるなどという、言っている当人も不思議がるような現象は起こりません。それは、アトピーはアレルギーだという思いこみからくる錯覚です。
アトピー性皮ふ炎はアレルギーで起こるのではなく、因果は逆で、アトピー性皮ふ炎になると、アレルギーが起きてくるのです。結果として起こるアレルギー反応の、その誘因物質(アレルゲン)が、人によって異なることも、同じ人でも身体の成長とともに変化することも、あり得ることであって、それほど不思議ではありません。



1−7 厚生省調査委員会の混乱

アトピーとアレルギーとの関係について考察しましたが、このことについて再度、厚生省調査委員会の混乱ぶりを指摘しておきましょう。

厚生省から出された調査報告書(母子保健事業団 発行 1993)の名称は、「アトピー性疾患実態調査報告書」となっています。しかしその1ページ目に「調査の目的」という項目があって、そこでは、「(アトピー性皮ふ炎を中心とした)アレルギー疾患の実態を明らかにする」となっています。なぜ、一方でアトピーと言い、他方でアレルギーと言うのでしょうか。どうやら調査委員たちは、アトピー性皮ふ炎がアレルギー疾患であることには疑いの余地はなく、アトピー性疾患と言おうがアレルギー疾患と言おうが、どちらでもよいと考えているようです。
調査委員たちはアトピー性皮ふ炎について専門家と見なされている人たちであり、その人たちがこういう姿勢なのですから、ときどき、アトピーとはどういうことで、それはアレルギーとはどう違うか、などと一生懸命説明してくれる書物を見かけますが、実はそんなめんどうくさいことはどうでもいい、というのが主だった医者たちの本音なのでしょう。
さらに先述したように、この調査では「アトピー素因」の構成要素として、アトピー性皮ふ炎、アレルギー性鼻炎、ぜんそく、の3疾患の本人および家族の病歴をあげておきながら、実際の調査ではこの3疾患のほかに、花粉症、じんましん、消化管アレルギーの3疾患を加えて、それら6疾患を「アレルギー疾患」の家族歴として集計しています。ですから結局、調査に当たって自分たちがわざわざ定義した、「アトピー素因」なるものを持つ子がどのくらいいるか、という肝心のことがさっぱり分からないのです。
そして、調査を企画した委員たちも、実施した保健所の医者たちも、結果を集計した厚生省も、報告書を読んだ全国の医者たちも、誰ひとりとしてこれらの矛盾に関心を示していません。これは要するに、アトピーと呼び、アレルギーと言い、素因と称して、「理論もどき」のことをさかんに唱えながら、それはほんの座興であって、医者たちは誰もそんなことを本気で考えてはいないということです。あれは役人の作文ミスで、、、という弁解は、通るものではないでしょう。


1−8 臨床医たちの研究の誤り

原因と結果の取り違え

IgEについての議論と同じように、「原因と結果を取り違えた」学説が、皮膚科学会で論じられています。
たとえば土佐清水病院の丹羽靭負氏は、数百人の重症のアトピー性皮ふ炎の人の血液を観察して、その人たちに共通して、活性酸素除去酵素(Super Oxide Dismutase:SOD)の誘導能(作る能力)が低いことを発見しました。そして、「原因が分かったぞ。先天的にSOD誘導能が低い人がいて、そういう人がアトピー性皮ふ炎になるのだ」と主張しています。(日本皮ふ科学会誌 V.103-2 P.117 1993) しかし、氏が調べたのは、すでにアトピー性皮ふ炎になっている人ばかりであり、しかも重症の人たち、すなわちアトピー性皮ふ炎になってずいぶん時間がたった人たちばかりです。そのような研究をどれだけ積み重ねても、その時点でその人たちのSOD誘導能が低いからといって、それがその人たちにとって先天的なものであると断ずることは、原理的にできません。氏がなぜそのように断ずるのか、あるいは推測するのか、どんな条件も根拠も論文中には示されていませんから、これは氏の、単なる思いつきと読むしかありません。
あるいは、東京女子医大の川島真氏は、数十人のアトピー性皮ふ炎の人の皮ふを採取して観察し、その人たちに共通して、細胞間脂質(セラミド脂質)が少なく、皮ふのバリアー機能が低下していることを発見しました。そのことから氏は、「原因が分かった。先天的に皮ふのバリアー機能が低い人がいて、そういう人がアトピー性皮ふ炎になるのだ」と主張します。(日本アレルギー学会誌V.43-2-2 P.286 1994など) 
しかし、氏が調べたのもまた、すでにアトピー性皮ふ炎になっている人ばかりであり、そのような研究をどれだけ積み重ねても、その人たちのバリアー機能が低下しているのが、先天的なものか後天的なものかは分かりようがないのです。ところが氏は、何の根拠も示さずに、その人たちのバリアー機能が低いのは先天的なものだと断じます。さらに氏の想像力は飛躍して、このような「先天的性質」を、従来の「アトピー素因」に代わって「アトピー性皮ふ炎の素因」と呼びたいと、とどまるところを知りません。
そして、さらに困ったことに、この「バリアー機能低下説」は皮ふ科医たちの間で、なかなかの人気を博しており、あちこちで「ひいきの引き倒し」ではないか、と思われるほど勝手に利用されて、一般に流布されています。


ところが、この皮脂の分泌が生まれつき少ない人が存在します。こうした人がアトピー性皮ふ炎になりやすいのです。どうしてそうした生まれつきの体質が存在するのか、それはまだはっきりとは分かっていません。ただ、遺伝が関係しているらしいことは分かっています。もっと具体的に言うなら、アトピー体質の人は、皮ふの角質にあるセラミドという物質の分泌が、生まれつき少ないのです。
(佐々木りか子 国立小児病院 皮ふ科「さわやか元気」1994年12月)


医者はなんでも断定的に言う方が患者に信頼される、という教育が行き届いているのでしょうか。まるで見てきたような屈託のなさです。
あるいはまた、民間で温泉療法をすすめている小川秀夫氏は、アトピー性皮ふ炎の人を次から次に調べて自律神経失調症の人が多いことを観察し、「したがって、自律神経の失調がアトピー性皮ふ炎の原因である」と主張しています。(アトピー性皮ふ炎の治し方がわかる本:小川秀夫著 かんき出版 1992)
あるいはまた、アトピー性皮ふ炎になっている人の精神面や家族関係などに着目して、アトピー性皮ふ炎の人は、わがままな人が多いとか、家族関係に問題がある、などという事実を発見して、それがアトピー性皮ふ炎の一因だと主張する医者も散見します。
これらの人々はすべて、すでにアトピー性皮ふ炎になっている人たちを観察して、まだアトピー性皮ふ炎になっていない人との違いを見い出せば、それがすなわちアトピー性皮ふ炎の因果関係を示すことになる、と考えているわけです。

アトピー体質論の呪縛

しかし、アトピー性皮ふ炎に限らず、そのような作業をどれだけ積み重ねてみても、ものごとの因果関係を知ることはできません。そのような空間での比較作業で、時間方向の動きである「因果」の順逆を見い出すことは、原理的に不可能なのです。先にも見たように、アトピー性皮ふ炎の人は、皮ふの角質がザラザラしているとか、IgE値が高い、とかの特徴を見つけても、それだけではそれらの特徴がアトピー性皮ふ炎の原因をなすものか、アトピー性皮ふ炎になった結果であるかは分かりません。
しかし臨床医たちは、角質がザラザラしているのは先天的だ、IgE値が高いのは先天的だ、SOD誘導能が低いのは先天的だ、バリアー機能が低いのは先天的だ、と勝手にそれらを先天的なものだと決め込んでおいて、先天的なものが結果であるはずはなかろう、したがってそれはアトピー性皮ふ炎の原因だ、と断定するわけです。ずいぶん勝手な話ですが、ここにあるのも「体質論の呪縛」です。

しかし一方、この種の情報を統合すれば、因果関係が推定できることもあります。多くの医者たちが、すでにアトピー性皮ふ炎になっている人々を思い思いに観察して、いろいろな特徴を探り当てたわけです。それらの特徴はたがいに排他的なものではありませんから、同じ人に同時に生じてもいいはずで、これらの医者たちがそれぞれ自慢の測定器なり測定手法を持ち寄って、ある1人のアトピー性皮ふ炎の人を観察すれば、皮ふがザラザラしている、IgE値が高い、 SOD誘導能が低い、バリアー機能が低い、自律神経失調、家族関係がおかしい、などということがいっぺんに発見されるでしょう。そしてもしそうなれば、俺が、俺が、と言い張ることはないわけです。これらの特徴が個別にアトピー性皮ふ炎の原因であるとは考えにくく、これらはすべてアトピー性皮ふ炎になった結果(症状)だ、と認識する方が合理的です。
たとえば、「この人はもともと皮ふの角質がザラザラしているタチだったので、アトピー性皮ふ炎になったのだ」と考えるより、「この人はアトピー性皮ふ炎になって、角質がザラザラしてきた」と考える方が私たちの日常感覚に合っていますし、同じく、「この人は不幸なことに細胞間脂質が少なく生まれついてしまったために、アトピー性皮ふ炎になったのだ」と、わざわざ倒錯的に考えるより、「アトピー性皮ふ炎になると皮ふに穴があいて、皮ふ細胞の間をつないでいた水分や油分が蒸発してしまうから、細胞間脂質などが減ってしまうのだ」と考える方が合理的です。痒くて夜も眠れなければ、自律神経にも変調をきたすでしょうし、親にも甘えたくなるでしょうし、わがままも言いたくなるでしょう。これは、ハタ目には明らかな因果関係です。要するにここでも、臨床医たちは「体質論の呪縛」にがんじがらめになっているのです。

ただし後述しますが、これらの特徴の中で、SOD誘導能の低下だけが「原因側」である可能性があります。それは先天的なものではありませんが、体内のミネラル不足によって起きる現象だからです。

群盲、象をなでる

かつて日本アレルギー学会は、自分たちのアレルギー疾患についての研究状況は、「群盲象をなでる」ような状況だと、いささか自嘲気味に言ったことがあります。しかし、このことわざは、盲目であることを揶揄したり、卑下したりするものではありません。得られた情報は統合されなければならない、という教訓です。自分が見つけたことだけから、象はウチワのようなものだとか、象は丸太のようなものだなどと言い張って、他の人が見つけたものと比較照合しようとしない愚かさを戒めているのです。ですから、医学界が「群盲象をなでる」状態にあることはその通りでしょうが、その状態は本人たちの「素因」に由来するものではなく、本人たちの自覚によっていくらでも改めることができるのです。嘆いている場合ではありません。


1−9 「アトピーの遺伝子」を追うムダ

しかし、アトピー体質論に凝り固まってしまうと、さらに常識はずれのビックリするようなことを、平気で言うようになります。

アトピー性皮ふ炎は遺伝因子で支配されていて、この人は何才ごろ発病して何才ごろ自然に治っていくかは、遺伝因子のフロッピーに書き込まれていて、それが治療や外界の影響で変化することはない。軟膏療法でいかに患者さんの苦痛をやわらげるかが治療の目的です。遺伝因子の11番目ということまで分かってきています。
(日本医大皮ふ科 本田光芳 専門医に聞くアトピーぜんそく最新治療法 農文協 1994)

本田氏は、1997年4月に岡山で行われた皮膚科学会の市民公開講座でも同じことをしゃべっていましたから、こう信じ込んでいるのでしょう。しかし、この話には証拠がまったくありません。第11染色体という話は、オクスフォード大学の白川太郎氏が家系調査などの結果から推論しています (喘息V.7-3 P97 1994 など)が、まだ仮説に過ぎず、反論もたくさんある仮説なのです。

アレルギー症状の遺伝的素因をアトピーと呼んでいるが、1989年にOxford大学グループが第11染色体アトピー遺伝子説を発表して以来、精力的な研究が行われてきたが、未だにアトピーを規定するとみられる主効果遺伝子は発見されていない。
(白川太郎 オクスフォード大 日本アレルギー学会誌 V45-8/9 1996)

発表してから7年経って、まだ遺伝子は見つかってない、と本人がそう言っているわけです。周囲でお先棒をかついで、世間に触れて回るようなことではありますまい。
本田氏は結局、アトピー性皮ふ炎には、遺伝因子以外の原因は無い、と言っていることになります。ある人が病気になるとき、その人がいつその原因に遭遇するかによって、発症の時期は変わるはずです。ですから、発症の時期が外界とはまったく無関係だということは、外界には原因がないということになります。しかしそれでは、「アトピー性皮ふ炎はなぜ増えるのか」という、もっとも簡単な疑問に答えることが出来ません。また、かつては小学校に上がるころには自然に治っていたものが、このごろは成人まで持ち越すことが多くなりました。これを本田氏は、昔の子は小学校に入る頃には治るようにプログラムされていたが、20年ほど前から日本の子供たちの「遺伝因子のフロッピー」とやらが差し替えられて、今の子は新しい「平成バージョンのプログラム」で動いているのだ、と解釈するわけです。しかしこれは、あまりにも荒唐無稽な考えです。昔は子供たちが成長することによって、アトピー性皮ふ炎の状況なり原因なりを克服できたが、いまは状況が厳しくなってきて、子供たちが自力でそれを克服するのが難しくなってきたのだ、と普通に考えればよいことです。
「皮ふ科医には軟膏療法しかない」というのは、己れを知る正しい認識ですが、それは本田氏を初めとする皮ふ科医が、アトピー性皮ふ炎の原因も構造も知らないからであって、遺伝因子のフロッピーに書いてあるから仕方ないのだ、とは勝手な言いぐさです。しかし、議論はさらにおかしな方向へ発展していきます。

遺伝要因を背景として起こってくるこの病気は、患者さんの特定の遺伝子をとりかえなければ根本的には治らない、という事実から目をそむけることはできないのです。アトピー性皮ふ炎克服の第一歩はこの事実を受け入れ、病気の性質をはっきり知って、対策を立てようと決意するところから始まります。
(奥平博一 東大物療内科 「アトピー性皮ふ炎の最新治療」講談社)

遺伝要因を背景としているということも、遺伝因子をとりかえなければ治らないということも、奥平氏がそう思いこんでいるだけであって、証拠のある話ではありません。
先に見たように、厚生省の統計はアトピー性皮ふ炎の遺伝性をはっきりと否定しています。それにも関わらず奥平氏は、勝手にこれは遺伝だと決めつけて、同書によればステロイドの大量内服という「大胆な治療」を実践し、精力的に免疫療法の新薬を開発し、最終的には遺伝子を取り換えてやろうと意気込むかのようです。ほとんど趣味の領域という印象です。
しかし早い話が、アトピー性皮ふ炎を引き起こす遺伝子というものはあるに決まっています。それはたとえば、蚊に刺されたら痒くなるのはなぜかを考えれば、分かりやすいでしょう。

「蚊に刺されたら痒くなるのはなぜでしょうか。
はい、大桃博士。」


「はい、それは蚊が痒くなる液を注射するからです。答えはこれです。蚊のせい。」

「なるほど、では文珍博士はどうでしょうか。」

「いやいや、何でも他人のせいにしてはいけないんでございますよ。蚊に刺されたら痒くなるのは、蚊に刺されたら痒くなる遺伝子というものが人の体にあるからでございますよ。はい、答えはこれです。人のせい。」

さて、どちらが正しいのでしょう。
これは両方合わせて正しい答えになるのです。蚊に刺されたら痒くなるのは、蚊が痒くなる液を注射するからであり、その一方で、人の側にそれに反応して痒みを起こすメカニズム(遺伝子)があるからです。両方がなければ痒くなりません。アトピー性皮ふ炎も同じことです。人はある原因に触れる、あるいは、ある状況になると、皮ふに炎症を起こすことが「できる」のです。それは、遺伝子の本来の働きによるもので、人にとって正常な反応であり、人はこれを、神様は私たちの身体をなんと巧みに創って下さったものか、と感謝すべきものなのです。
ですから、それらの皮ふ炎のうち、原因がよく分からないものを集めて「アトピー」と呼ぶのも「アレルギー」と呼ぶのも医者たちの勝手ですが、原因が分からないからといって、いきなり先祖伝来の遺伝子を目の仇にするのは、恩を仇で返すようなものです。
「アトピー性皮ふ炎を引き起こす遺伝子」を見つけて、それを取り替えてやればアトピー性皮ふ炎は起こらない。それは当たり前の話です。いくら原因にさらされても、大切な遺伝子をとられてしまっては、人はアトピー性皮ふ炎を起こすことができなくなるのです。するとどうなるか、アトピー性皮ふ炎は起こらず痒くはならないが、原因は除去されていないのですから、皮ふはただ、ボロボロと崩れていくことになるでしょう。


閑話休題:痒みとは何か

「痒み」ということが出たついでに、痒みとは何かを論じておきましょう。

痒みは引っ掻く欲望を伴う不快な感覚である。
内田さえ ほか 東京老人総合研自律神経 部門 臨床皮ふ科 V.49-5 P43 1995)


老人の自律神経を研究している人には、痒みとは不快な感覚と決まっているようです。しかし痒みは人間だけの感覚ではありません。手足やクチバシを持つほとんどの温血動物の体表面には、痒みという感覚があるようです。

そしてそれが必ずしも不快ではないことは、この猫を見れば分かります。きっとノミでもいるのでしょう。また、心臓や胃腸は、痛くなることはあっても痒くはなりません。つまり、自分や仲間たちで掻けるところしか痒くならないのです。これも自然の摂理でしょう。痒みは私たち温血動物の身体を守るために必要な感覚であり、それは、虫やカビやウルシなどの外敵が存在していることや、血流や皮ふの新陳代謝が滞っていることを脳に知らせてくれます。それを知った脳は、手足やクチバシに命じて、あるいは仲間を呼んで、あるいは小鳥や小亀などを呼んで、そこをボリボリと引っ掻かせるわけです。

医者にとって、痒みは不快な感覚であり治療の対象ですから、彼らはすぐに抗ヒスタミン剤などを投与して、痒みそのものをなくそうとします。しかし、自然の一部としての人間にとって、痒みは「治療の対象」ではありません。身体の各部から脳に痒みが伝達されるのは、そこに原因があるからであり、医者に行くことではなく、原因を排除、修正してやることが、あなたの脳や手足や「お孫さんの手」の正しい使い道です。


1−10 臨床医は科学者ではない

アトピー性皮ふ炎に関する臨床医たちの議論に、数えあげればきりがないほどの誤りがあることを指摘しました。彼らの、データを無視する、言葉を大切にしない、根拠なしに決めつける、証拠のないことを平気でしゃべる、という落花狼藉ぶりは、日本の臨床医が科学的な思考法や実践の訓練をほとんど受けていないこと、患者からの批判を封じ、仲間うちでの相互批判をタブーとしていること、などによって生じています。


日本の医者は医者仲間では批判しない習慣になっています。仲間同士で批判しあわない医学は進歩しません。仲間同士で批判がないので、日本の医学雑誌は、国際的に権威を認められません。(小児科医 松田道雄 「安楽に死にたい」 岩波書店 1997)

故・松田道雄氏は、名著「育児の百科」(岩波書店)を書いた人です。
90才を越えて、日本の医学界の旧態依然たる悪弊に対する、氏の舌鋒は衰えませんでした。
ひと言で言えば、日本の臨床医のほとんどは「科学者」ではないということです。日本の臨床医は、医学部という職業訓練所を卒業し、国家試験に合格し、実地の経験を積んできてはいますが、そのコースのどこにも、科学的な精神や実践についての訓練を受ける機会がありません。ですから一部のすぐれた頭脳を除いて、ほとんどの臨床医は科学者ではないのです。(だからといって、立派な臨床医ではないということではありません。念のため)

民間療法で本当に有効なものであれば、いずれはどの皮ふ科医もそれを試みるようになります。自然科学者である皮ふ科医はいつも門戸を開いていることを忘れないで下さい。(西岡 清 東京医科歯科大 皮ふ科 「アトピーは治る」講談社ブルーバックス1997)

西岡氏には、「民間療法者と違って皮ふ科医は科学者なのだ」という信念があるようです。事情を知らない人は、なるほどそんなものかと思うでしょう。しかしそれは錯覚です。民間療法者(医師国家免許のない人)は科学者ではない、とはささいな錯覚だとしても、皮ふ科医は科学者だと思うのは深刻な錯覚です。医師国家免許の有無は、その人が科学者であることを保証も排除もしません。
それに、科学というものは、門戸を開いて何かが向こうからやってくるのを待つような、そんな精神活動ではないのです。
「自分たちは科学的な訓練を受けていない」という自覚を欠いて、臨床医たちが分を越えて発言することで、いろいろな問題が生じています。たとえば、「アトピー性皮ふ炎は遺伝性疾患であるかどうか」という命題は、生物学や遺伝学や統計学の問題であって、その道の専門家でない臨床医たちが、相互批判のない風土の中で議論して、正しい答えに達することは、必ずしも期待できることではなかったのです。また、「アトピー素因とは何か」という基本的な定義についても、それは論理学などの問題であって、日頃アトピー性皮ふ炎を診察しているからといって、臨床医が「アトピー素因」なるものをうまく説明できるとか、何人か集まって協議すれば正しい定義ができる、などというものではないのです。それは臨床医という職業集団の、職業的能力を越えることです。
かつてアトピー性皮ふ炎は、「治らないのは、遺伝なのかも知れない」という皮ふ炎でした。しかし、「ステロイドの発明」以降、医者たちの潜在意識は、これを「遺伝だから治らない」皮ふ炎にすり変えてしまい、「したがって軟膏治療しかありません」という基本方針を国民に「強要」してきました。そしてその方針のもとで、本稿冒頭の新聞投書や大阪教育大学のデータに見るように、子供たちや若者たちがつらい目に遭わされる一方で、「アトピー関連の医薬学業界」は今日の隆盛を迎えています。この状況を変えたくない、と業界筋の人々が思ったとしても、驚くには当たりません。

「アトピー体質論」とは、中世の魔女狩りと同じほど、非科学的な妄説であり、21世紀を迎える科学の時代に通用する説ではありません。臨床医たちの盲信を排し、「アトピー体質は実在しない」という「事実」を認識することによって、初めて、アトピー性皮ふ炎の、科学的で論理的な原因追求の道が開けるのです。
当然のことですが、アトピー性皮ふ炎には原因があります。その原因を排除し、状況を変えることで、アトピー性皮ふ炎は予防でき、自然治癒に導くことができます。次章から私たちは、アトピー性皮ふ炎の原因を探ります。原因には外因と内因とがあります。それは初めに、「カバの生活」「ヤギの生活」として比喩したものです。

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